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アベンヌ

Avene_logo

 

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絵のように美しい、古きアベンヌ村は
南仏のオートラングドック自然公園の中、
オルブ渓谷に囲まれてひっそり佇んでいます。

温泉水の品質と効果は世界中に知れ渡っているのです。

全ては一頭の馬から始まりました。

cheval du marquis de Rocozels

ロコゼル侯爵の馬は怪我のため、部分的な脱毛を患い
毛並みが生え揃うのは、絶望的でした。
1736年のある日、湧き水で満たされている
バケツを見つけた馬は、
喉の渇きを潤すようにこの水を飲み続けます。
そんな事が何日か続いたある日、
侯爵が気が付くと、馬の毛並みが美しく生え揃い、
傷はすっかり治っているでは有りませんか。
侯爵は、この奇跡を、主治医に伝え、
患者の治療に役立てるように勧めます。
やがてその湧き水は、皮膚病と目の炎症に
効能が有ることが証明されます。

station thermale en 1743
最初のアベンヌ・スパ

1743年には最初の湯治場が作られます。
温泉水の評判は医師や患者の評判となり、
更にモンペリエ大学のお墨付きは
その名声を不動のものとします。
( 大学の権威はヨーロッパだけではなく世界的に
しられていたからです。)

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シカゴ大火災 ハーパーズ・ウィークリージョン・R・シャピン記

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1871年、シカゴの大火災の際、温泉水が大量に海を渡りました。
火傷の治療に優れた効果を発揮するからです。

4 1874年、国立医学アカデミーから認定証を授与されます。

PFquadri-2008htdefファーマシーコスメで名高いピエール・ファーブル研究所の
傘下に入ります。

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アベンヌ・スパ

1990年湯治施設がオープン、近代的施設の中で
患者の治療に当たっています。

Glass Science

2007年アベンヌ村の中に研究所が設けられ更なる研究が続いています。

slideimg52010年には皮膚治療の第一の施設という栄誉を獲得いたしました。

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フランスの美しい村 サン・ギエム・ル・デゼール

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我が家から裏道を通ってクルマで30分弱、
ユネスコの世界遺産に指定された
サン・ギエム・ル・デゼールという村があります。
フランスの美しい村々の一つでもあります。

観光コースには入っていないので、
日本人の方は訪れる機会が無いと思いますが、とても素敵な所です。
そして、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼路になっています。

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巡礼路、飲み水を示している石版

 

村は岩山に囲まれた谷間、小川の流れに沿って縦長になっていて
もと教会だったツーリスト・オフィスを左手に入って行くと
グレーの石灰石の家並みが連なり、左手に村役場、
狭い石畳を歩いて行くと、突然視界が開け、
ジローヌ修道院の堂々とした、ロマネスク様式の後陣が見えてきます。

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ジローヌ修道院

 

すごい石の塊なのに、やけに軽やかに見えるのは
レースの様にアーチ型の窓が連続しているからです。

因みに、ロマネスクは窓が半円馬蹄型。
その後のゴシックは大概真ん中が尖ってます。
お手元に10€と20€札が有れば比べてみて下さい。

BILLETS

修道院の入り口は、プラタナスの大木が茂っている広場にあります。

レストランとカフェが有り、暑いひと時のオアシスになっています。

レストランは観光地ズレしていないので、
メインディシュもデザートもドーンとボリューム満点。

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村の中心、リベルテ広場には樹齢150年のプラタナス

 

修道院の始まりは、ギエームという中世の騎士が、
サラセンとの血生臭い闘いに終止符を打ち、
人里離れた山里に隠遁したのがはじまりです。
1200年も昔の事です。

フランス国王の有力な戦士だったギエーム、
引退を惜しむ国王から、キリストの磔刑に使った
十字架の木片を授かります。
これが遺物として、巡礼者を集める事になりました。

だけど、遺物と言われている木片を集めると
一軒家が建つと言われているので真偽の程は……。

何はともあれ、遺物が有る無しでは、
教会や修道院の集客力が俄然違います。
詰まり、帆立貝をぶらさげている、巡礼者の事ですが。

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巡礼の印、帆立貝。聖ヤコブがついてます。

 

彼等が参ることで、道路や橋ができる、宿が出来る、
飯屋が出来る、土産物屋、医者だ、靴や馬具の修理屋だと
色んな商売が繁盛します。

そして教会にも大なり、小なりの寄付で商売繁盛\(^o^)/

コンクというフランス南西部の山奥にある教会は
聖遺物を盗む為に、10年計画で僧侶を送り、
無事、サント・フォアという聖人の遺物掠奪作戦に成功しました。
聖職者がこんな事して、罰が当たらないのでしょうか?

最も十字軍も聖戦という名目で、中世の当時、ヨーロッパと比べると

かなり高度な文明の下、リッチな生活を送っていたオリエントに
一攫千金を夢見て、掠奪に行ったらしいから
神様の為、教会の為、宗教の為ならなんでも有りかな(; ̄O ̄)

話は脇道にそれましたが、サン・ギエム・ル・デ・デゼールは
そんな浮世の雑事を忘れるぐらい、素朴なところです。
晴れていれば、尚更、心が洗われる思いです。

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修道院の回廊と夾竹桃の花

 

今日はお天気も良いので、久々に聖者ギエームの眠る
村にドライブに出かけてきます。

由香梨

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ブレス鶏とジョルジュ・ブランそして我が息子 Part2

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20年前に家族で渡仏した時、子供達は5歳、4歳、3歳。
特に長男、賢は広東語、英語、タガログ語(フィリピーナのメイドがいました)
日本語、そして、悪夢のフランス語と激変の語学体験をしました。
そのせいか、それとも元々か、長い事 、人と上手く話せず変人扱い。
友達もできず、辛い学校生活の日々。
せめて、落ちこぼれない様にと母息子で猛勉強の毎日でした。
( 基本的に塾は無いんですよ、フランスは。)

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そんな訳で、夕飯のしたくも勿論、二人三脚。
当然のことながら、料理が彼の得意技に。

専門学校を終え、就職した先が三ツ星シェフ、ジョルジュ・ブランの
レストランの一つアンシエンヌ・オーベルジュでした。
三ツ星の前に此処で色んなことを仕込まれます。

日本の高級レストランでは3年ぐらいは下っ端で、
其の後、少しずつ調理場に立つらしいのですが、
フランスは初日から、いきなり実践です。
4年もいたらセカンドやシェフが務まるというのが常識。

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キッチンの仲間達、右端眼鏡が賢、隣がシェフ

運転免許が、教習所のコースが有る日本に対して、
フランスでは、学科が終わるといきなり路上教習になるのと
似てるかな⁇

初めての一人暮らしだし、モンペリエからは500キロ弱と遠方。
朝早くから、夜遅く迄、無事勤まるかなー⁇
と言う親の心配を他所に、どんどん成長していく彼に
家族全員が、賢すごいね‼︎

Georges Blanc
ヴォナ村はまるで童話の世界みたい

落ちこぼれ寸前の息子が、シェフの片腕となり、
同僚、後輩から慕われている姿を目の当たりにして
賢、良かったね‼︎と胸がジーン。
知らない土地で暮らすのは、楽じゃないよね。
まして外国だもんね。自分に言っているのか、
息子に言っているのか?

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家業を手伝うことになった息子がレストランを去る日、
ジョルジュ・ブランを始め全員がトークと言う
料理人が被る帽子に寄書きをしてくれました。
そして、シェフが特別メニューを私達親子に用意。
スタッフはアペリティフやコーヒー、プチフールを
サービスしてくれて、至れり尽くせり。
皆が、代わる代わる、別れの挨拶にやって来て
別れを惜しんだり、エールを送ったり…。

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友達もいなかった息子が、こんなに皆に愛されてるなんて
フランスに住んでて良かったなとまた一つ丸印。

そして我が家には、ジョルジュ・ブラン仕込みのシェフが帰って来ました。

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ブランお祖母ちゃんのブレス鶏クリーム風味

勿論、賢の得意料理は「お祖母ちゃんのブレス鶏クリーム風味」です。

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ブレス鶏と三ツ星レストラン・ジョルジュ・ブラン

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食と金融の街として有名なリヨンの郊外、
マコンとジュネーブを結ぶ高速道路にヴォナという出口が有ります。
この、ヴォナ村こそジョルジュ・ブラン帝国と言われている
三ツ星シェフ、ジョルジュ・ブラン一族の本拠地です。

village blanc

もう童話に出て来そうな素敵な村で、全て田舎風に統一、
春から秋までは沢山の花で溢れて居ます。

飯処として始めた最初のレストラン、アンシエンヌ・オーベルジュ、
三ツ星レストラン、スパホテル、ブティック、パン屋、ケーキ屋
が村の一等地を独占。

村役場は三等地ぐらいのとこかな⁈

Ancien Auberge
アンシエンヌ・オーベルジュ

アンシエンヌ・オーベルジュはジョルジュ・ブランの
曾祖父の代から有るレストランで、行商の鶏商人が主なお客さん。
祖母の代に、一ツ星、二ツ星と獲得したファミリーのルーツが此処。
鶏商人達の口コミがフランス中に伝播した証です。

この商人達が扱っているのが、
中世から高級食材として有名なブレス鶏、
正に、此のヴォナ村近郊が生産の本拠地です。

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ブレス鶏

今日では、世界的に有名になったブレス鶏ですが、
ブロイラーの台頭で、一時存亡の危機に瀕しました。
此のブレス鶏を救ったのがジョルジュ・ブラン。
フランス、ヨーロッパ、世界中にブレス鶏を
宣伝して歩きました。

青い脚、白い羽、真っ赤なトサカ。
フレンチトリコロールの様なブレス鶏の味の秘密は何処に?

ブロイラーが40日そこそこの飼育期間に対して
ブレス鶏は最低4ヶ月広々とした敷地で放し飼い。
だから、肉がメタボではなくシッカリしまっていて
とても味わい深い美味しさが有ります。

Mere blanc et Paulette blanc
左が、おばあちゃんエリザ。右はお母さんポーレット。

レストラン・ジョルジュ・ブランの名物料理には
必ずブレス鶏が出てくるし、祖母の得意料理は
「おばあちゃんのブレス鶏クリーム風味」
アンシエンヌ・オーベルジュの看板メニュー。
飯処だったその昔、沢山の鶏商人から絶賛されたと言われてます。

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ジョルジュ・ブラン

祖母の後を継いだ、ジョルジュ・ブランは三ツ星シェフとなり
今では、ポール・ボーキューズと並んでフランス料理界の大御所になりました。
集客力の有る大都市を目指さず、
地元の村お越しに努めた彼の姿勢に脱帽です。

ヴォナ村に行くと、ジョルジュ・ブランがよく歩いていて、
特に、昼と夜は必ずアンシエンヌ・オーベルジュで
スタッフと食事をするのが常で、気軽に写真撮影に応じてくれます。

皆様も機会があれば是非訪れて見て下さい。

個人的にご縁が有った話は、パート2でご覧下さい。

Bon appétit !!

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ヤルタのケーブルカーは乗るのも命懸け

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黒海クルーズでウクライナのヤルタに行きました。
あの、ヤルタ会談が開かれたところです。

山が海に迫っていて、熱海みたいに思えたのですが
私の記憶違いでしょうか?

 

玉ねぎ屋根のギリシャ正教会とレーニンの銅像で
東側というのがわかるのですが、
リゾート地ぽくて、お金持ちがヴァカンスで滞在する
アパートやホテルが結構建っていました。PicMonkey Collage3
船からケーブルカーが見えていたので
下船すると早速乗って見ることにしました。

普通はケーブルカーの乗り場はこちらです。
の看板ぐらい有りますよね⁈
すごい不親切で、全然分から無い。
ここだと思って入ったら、カフェで
裏に回れと言われる始末。

photo 4

乗り場には、元共産圏的愛想の無いオバちゃんが切符売り場に。
ロシア語、「ハイ、往復ね。来たの勝手に乗ンなさい。」
と言ったかどうか⁇

日本は勿論、フランスでもケーブルカー乗り場には
誰かいて、乗り降りを補助してくれるし、
鍵も掛けてくれると思うのですが、
一人でいきなり乗るの、これが難しい。
一台通過、二台通過、全然乗れない⁉

photo 3

大体、入口が凄く狭い。中も大人が向き合ってキチキチ。
こちらのビア樽体型にサイズが合って無いよ‼︎‼︎

モタモタしている東洋人に、オバちゃんの喝が飛んだ。
ロシア語、「ドアを開ける、足を入れる、乗っかる、
二人目、同じ事、繰り返す、モタモタしない!」
私、片言ロシア語、日本語、「スパシーパ、ありがとう。」

日本のおもてなしの、おの字もないこの現実。

私達お客さんなんですけど⁉

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ロシアでは、バラライカでロックンロール

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夏の終わりに念願のロシアに行ってきました。

当初は北海クルーズでサンクトペテルブルクを
訪れるつもりでしたが、リヴァー・クルーズが有り
サンクトペテルブルクからモスクワに行くことに。
バルト海からネヴァ川、湖、運河、ボルガ川を通って
モスクワ迄、運航しています。

PicMonkey Collage
PicMonkey Collage1カンディンスキーという船に乗り、
サンクトペテルブルクを後にして、
最初の停泊地、マンドラガに到着。
此処はダーチャという高級別荘を集めて
作られた観光地です。
と言っても木製の可愛い家々ですが…。

情報筋によると、
現大統領プーチン氏も冬場狩りに来るとか。
ホワイトハウス見たいのが有りましたっけ。

photo 1 (1)
プーチンのダーチャ?

さて、お昼ご飯、バーベキューを頂きながら

ショウタイムの始まり始まり。

シンガー、アコーディオン、バラライカの3人組が
早速、ロシア民謡を始めました。

因みに、バラライカはギターの下の方が三角になった楽器です。

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バラライカ

ステージの真ん前に陣取った私達は、
手を叩いたり、テーブルを叩いたり
ヒューヒューやったり、やたらに盛り上げ上手。

勿論、アンコール、アンコールの大合唱。

実は、このアンコールからがいよいよ、本番。
(我々の前後にやったショーはアンコール1曲でお開きでした。

バラライカのデニスが(というか、カバにソックリだから
カバノフスキー・デニスヴィチと命名。)
盛り上げ上手の変な東洋人(私)とフランス人4組に乗せられ
舞い上がったから大変だ。

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カバノフスキーとアンドレイ

 

ロシア民謡から打って変わって、
ゴッド・ファーザーのテーマ、ジャズアレンジ。
プッチーニはトスカの「星は光りぬ」のロックアレンジ。
バッハのトッカータとフーガのニ短調はエレキバラライカ⁇が唸った。
カバノフスキーの汗も飛び散った。
200人強の観衆が揺れ動いた。
大喝采の波、そして波‼︎
最後はカントリーミュージックに会場は騒然の大手拍子。
変な東洋人こと私とフランス人ブリジットは
飛び入りで、イーハーと踊り始めた。

カンディンスキーの乗客乗員が一つになった
とっても素敵な瞬間でした。

カバノフスキーとアンドレイのホットなセッションで
バッハのトッカータとフーガのニ短調をお贈りいたします。

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コーダリー

Mathile et Thomas BERTRAND

 

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ーの歴史は1993年、学生だった若いカップルの出逢いから始まりました。
トマ夫妻、夫人のマチルドの実家はボルドー近郊の、
シャトー・スミス・オー・ラフィットというブドウ園の所有者です。
毎日、ワインの搾りかすとして処分される葡萄の皮や種を見て
誰かかがつぶやいたこんな一言から、ビジネスがスタートします。
「もったいない‼︎ こんなお宝を捨てるなんて。このクズの中には
ビタミンEよりもっと有効な成分が含まれているのに!」
皮膚の老化の原因となるフリーラディカル( 日焼け、公害、喫煙が原因です。)
の盾となる成分、ポリフェノールです。
ポリフェノールが、老化の原因となる体内外の酸化を防止するのに絶大の効果が有るのは今や誰もが知っています。

Professeur Joseph Vercauteren

こうして、ポリフェノールの権威であるヴァーコターレン教授の協力を得て
1995年に最初の商品が世に送り出されます。
コーダリーのコンセプトは自然の葡萄の力を最大限に引き出す事。
種やエキスそしてワインを使って肌により良い化粧品を生み出すのが目的です。

ワインテラピーを体験できるスパも現在は世界中に8件を数えます。

 

Création du premier spa Vinothérapie en 1996

 

 

One Voice - Cosm’ethiques !!

人道コスメとでも訳しましょうか‼︎?

コーダリーは商品開発にあたって動物実験をしないことを提言しました。
自然の成分を使っているコスメに動物の生命を脅かす様な実験なんて必要ないじゃ有りませんか。
こうして、様々な特許を取得したコーダリーコスメの原材料はボルドーだけではなく、シャンパーニュやブルゴーニュ地方と言ったフランスの有名なのワイン処から
運ばれて来ます。

1% FOR THE PLANET

2012年以来、コーダリーでは売上の1%を環境保護のために寄付しています。
そんな活動がフランス国家から評価され、2013年には環境開発大臣賞を授与しました。

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